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発掘調査ニュース

平成27年度 発掘調査ニュース

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地頭分溝渕(じとうぶみぞぶち)遺跡 (福山市瀬戸町地頭分)

【調査期間】平成27年5月11日 ~ 平成28年1月26日

中世・長和荘内の集落跡を調査!!

〔調査の概要〕

 遺跡は福山市街地から芦田川を隔てて西側に位置する瀬戸町地頭分の丘陵斜面に立地します。瀬戸町は草戸千軒町遺跡の後背地に当たり,町内に残る「長和」・「地頭分」・「別所」などの地名から,中世・長和荘の一角と推定されています。
 発掘調査は,調査区をA~F区に分け,北側から調査を実施しました。調査の結果,竪穴住居跡,掘立柱建物跡,土坑,溝状遺構,柱穴群などを検出しました。土器(弥生土器・土師器・須恵器・土師質土器・瓦器・瓦質土器・陶磁器など)や瓦,鉄製品(刀子・蔵戸鍵・鉄釘など),石製品(敲石・砥石など)が出土し,須恵器の円面硯や瓦器の香炉もみられます。
 竪穴住居跡は直径約6mの円形で,弥生時代後期の土器片や石器類が出土しています。掘立柱建物跡は2棟で,C区では1間×8間以上で柱穴の一部に根石をもつもの,E区では1間×4間以上で山側に溝を有するものが確認されました。土坑は平面形が方形状のものと円形のものがあり,E区の方形土坑では土師質土器の小皿や椀がまとまって出土しました。D・F区では内部に石列や大量の小礫を詰めた暗渠を確認しました。また,E区の土坑から鉄製品と大量の炉壁片が出土したほか,D区でも炉跡を検出しており,当地において火・熱を使った何らかの生産活動が行われていたと推定されます。
 今回の調査で発見された出土遺物は,草戸千軒町遺跡や長和荘と併行する時期(鎌倉~室町時代)の土師質土器が大半を占めていることから,中世を中心とした集落跡と考えられます。それ以外にも,弥生時代後期や古墳時代初期の甕,古墳時代中期の須恵器,平安時代の土師器も出土しており,原始・古代の遺跡が確認されていなかった当地域の貴重な資料といえます。今後,整理作業を通して集落跡の詳細な時期や性格,草戸千軒町遺跡や中世・長和荘との関連を追求したいと思います。
遺跡見学会資料

  • 地頭分溝渕遺跡(空から望む遺跡)
    空から望む遺跡
  • 地頭分溝渕遺跡(調査前 北から)
    調査前 北から
  • 地頭分溝渕遺跡A区の重機による表土掘削
    A区の重機による表土掘削
  • A区謎の遺構(S×1)
    A区謎の遺構(S×1)
  • B区の溝状遺構
    B区の溝状遺構
  • B区の土杭(SK1)
    B区の土杭(SK1)
  • C区遺構集中部
    C区遺構集中部
  • D区溝状遺構(暗渠)
    D区溝状遺構(暗渠)
  • D区出土の古墳時代初頭の甕
    D区出土の古墳時代初頭の甕
  • E区掘立柱建物跡の作業風景
    E区掘立柱建物跡の作業風景
  • E区土坑の遺物検出作業風景
    E区土坑の遺物検出作業風景
  • E区性格不明遺構出土の炉壁片
    E区性格不明遺構出土の炉壁片
  • F区堅穴住居跡の遺物出土状況
    F区堅穴住居跡の遺物出土状況
  • F区溝状遺構群(暗渠)
    F区溝状遺構群(暗渠)
  • 遺跡見学会
    遺跡見学会

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亀居城関連(かめいじょうかんれん)遺跡【第2次調査】(大竹市小方一丁目)

【調査期間】平成27年5月18日 ~ 平成28年1月22日

福島時代?の石垣を発見!!

〔調査の概要〕

 遺跡は近世初頭に福島正則によって築城された亀居城跡の南裾に位置しています。ここは近世西国街道筋にもあたり,昨年度の第1次調査では5層にわたって近世町屋跡の遺構が確認されています。広範囲に火災の跡も発見され,幕末の長州戦争の痕跡の可能性が高いとみられています。
 今年度の第2次調査は,第1次調査区と道を挟んで主に海側の町屋跡などの調査を行いました。
 調査の結果,調査区の北側で長さ14mの石列を発見しました。石列は,北側で直角に折れ曲がりL字状になっており,南側は調査区外へ続いていました。石列の西側と北側は面がそろっており,石列の外面はやや傾斜するように設置されていました。石列が直角に折れる部分は石材の長・短を交互に積み,算木積(さんぎつみ)という工法で石列のさらに上に石材が積まれていたと推定できます。
 幕末の絵図には,この場所に枡形(ますがた)とよばれる方形の石組みらしきものが描かれていることから,ここに櫓(やぐら)が築かれていた可能性が高いと考えられます。
 石列の南側からは,長さ12m,高さ3mの石垣が発見されました。石材は大きく,打込接ぎ(うちこみはぎ)といわれる工法で積まれています。また,石材には,矢穴(石を切り出すときにつくクサビの痕跡)が確認でき,刻印(こくいん)と呼ばれる様々な印が刻まれています。この石垣の両側は調査区外へさらに延びており,北側は石列と直交するような位置関係にあります。
 今回発見された石列や石垣の特徴は,福島時代の亀居城の石垣と共通していることなどから,近世初頭に福島正則によって築かれた亀居城の一部である可能性が高いと考えられます。
遺跡見学会資料

  • 亀居城関連遺跡第2次(調査前 東から)
    第2次調査前 東から
  • 亀居城関連遺跡第2次(調査前 西から)
    第2次調査前 西から
  • 空中写真(南から)
    空中写真(南から)
  • 亀居城関連遺跡E区重機による表土掘削
    E区重機による表土掘削
  • 亀居城関連遺跡C区遺構検出作業風景(東から)
    C区遺構検出作業風景(東から)
  • 焼土・炭化物検出状況
    焼土・炭化物検出状況
  • 焼土・炭化物検出状況
    焼土・炭化物検出状況
  • 調査区全景(西から)
    調査区全景(西から)
  • 雁木検出状況
    雁木検出状況
  • 石列検出状況
    石列検出状況
  • 石垣検出状況
    石垣検出状況
  • 矢穴のある石材
    矢穴のある石材
  • 矢穴のある石
    矢穴のある石
  • 石垣の刻印(拓本)
    石垣の刻印(拓本)
  • 石垣の刻印(写真)
    石垣の刻印(写真)

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天地(てんじ)遺跡【第2次】(福山市新市町常)

【調査期間】平成27年8月31日 ~ 平成28年1月22日

弥生時代の集落跡や中世の集団墓を発見!!

〔調査の概要〕

 遺跡は新市町の北部・常金丸地区に位置し,昨年度の第1次調査では,古代の竪穴住居跡や道路状の遺構などが発見され、古代の役人が使った腰帯の飾りであった石帯が出土し注目されました。
 第2次調査は,第1次調査地の背後の丘陵上を調査しました。調査の結果,弥生時代後期の集落跡や中世の集団墓などを発見しました。
 弥生時代後期の遺構は,竪穴住居跡2軒,貯蔵穴9基などがあります。竪穴住居跡は2本柱の隅丸方形と4本柱の円形住居跡です。貯蔵穴はいずれも円筒形で,壁が垂直のものや底面が広がるフラスコ状のものがあります。そのほか,尾根の縁辺部に位置する土坑から弥生土器片とともに板状鉄斧が出土しました。
 中世の遺構は,土坑墓40基,集石6か所などがあります。土坑墓はいずれも素掘りで,長方形や楕円形のものがあります。また,土坑墓内部や上部に礫を伴うものもあります。土坑墓内から鉄釘・鎌・刀子・古銭などが出土したほか,8基の土坑墓内で人骨や歯が残っていました。土坑墓周辺や斜面で検出した集石周辺では焼けた骨片が出土しました。
 遺物は,弥生土器・須恵器・土師器・土師質土器・陶器・鉄製品(鉄剣・刀子・鉄斧・鎌・やりがんな・釘・性格不明鉄器)・古銭・五輪塔の石材などが出土しています。
 以上のように,天地遺跡では弥生時代から古代にかけて断続的に集落が営まれたのちに,尾根上に中世の集団墓地が営まれたことが明らかにできました。
遺跡見学会資料

  • 第2次(調査前 南から)
    第2次調査前(南から)
  • 天地遺跡第2次(調査前 西から)
    第2次調査前(西から)
  • 空中写真(南西から)
    空中写真(南西から)
  • 礫群の調査状況
    礫群の調査状況
  • 礫の下から出土した鉄剣
    礫の下から出土した鉄剣
  • 遺跡の全景(北西から)
    遺跡の全景(北西から)
  • 弥生の竪穴住居跡(北西から)
    弥生の竪穴住居跡(北西から)
  • 弥生の貯蔵穴(北西から)
    弥生の貯蔵穴(北西から)
  • 土坑墓群(東から)
    土坑墓群(東から)
  • 土坑内の人骨(南西から)
    土坑内の人骨(南西から)
  • 骨片が出土した集積(北から)
    骨片が出土した集積(北から)
  • 斜面の石列のある集積遺構(東から)
    斜面の石列のある集積遺構
    (東から)

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