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発掘調査ニュース

平成26年度 発掘調査ニュース

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御領(ごりょう)遺跡第7次調査 (福山市神辺町御領地区)

ビッグニュース!
御領(ごりょう)遺跡(福山市神辺町)第7次調査(H25.8.19~H26.1.24)で出土した土器から
日本最古の屋形(船倉)が描かれた弥生時代の船の絵画を発見!

ビックニュース「弥生時代の船」の絵画土器を発見!
発見された資料は 平成26年度ひろしまの遺跡を語るで特別公開します。

ビッグニュース

〔調査の概要〕

【御領遺跡】
福山市神辺町下御領~上御領の平野部に広がる広島県でも最大級の集落遺跡弥生時代を中心に,縄文時代後期から古代・中世の遺跡です。
公益財団法人広島県教育事業団埋蔵文化財調査室では,平成20(2008)年度から福山市神辺町御領地区の国道313号道路改良事業に伴って,御領遺跡の発掘調査を継続して実施しています。

【発見・年代・大きさ】

●平成25年度の第7次調査の出土品から,弥生土器に船の絵が描かれているものを発見しました。
●本年8月に出土品の整理作業のため土器を洗浄していて発見しました。
●土器の年代は,弥生時代後期後半(2~3世紀・今から約1800年前)です。
●描かれた船の大きさは,縦3cm,横11cmほどです。

【特徴・類例・価値】

●船の絵は,壺形土器の口縁部に線刻で描かれ,船の全体像がよくわかります。
●船には,屋形(船倉)や旗のほか,波よけ板?なども描かれ,いわゆる準構造船と考えられます。
●船上に描かれた屋形(船倉)や旗などから,弥生時代の公的な交易船などと推測されます。
●弥生時代の船の絵は,全国で27例ほどありますが,屋形(船倉)を描いたものでは最古です。
●弥生時代の絵画は,県内で9例ほど発見されていますが,船の絵は初めてです。
●弥生時代の船の全体像や構造を知ることができる極めて貴重な資料です。

  • 御領遺跡第7次調査地点
    御領遺跡第7次調査地点
  • 絵画土器が出土したSK37発掘のようす
    絵画土器が出土した
    SK37発掘のようす
  • 絵画土器が出土したSK37
    絵画土器が出土したSK37

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原畑 (はらばたけ) 遺跡 (第2次) (庄原市口和町大月)

【調査期間】平成26年4月7日~5月23日(調査は終了しました)

中国山地の古墳時代中期の集落の広がりを確認!

〔調査の概要〕

 原畑遺跡は,平成20年に中国横断自動車道尾道松江線建設に伴って発掘調査した古墳時代中期を中心とする集落跡です。遺跡は同自動車道口和I.C.付近に位置していますが,平成25年夏の大雨で付近の法面が崩壊し、遺跡の一部が崩落しつつあるため、急きょ第2次の発掘調査をすることになりました。
 今回の調査では,平面が不整方形の住居跡状遺構2軒(SB1・SB2)と1~2棟の掘立柱建物跡と推定される柱穴跡20~30個が見つかりました。第1次調査で住居跡が数軒見つかった場所の西側の奥まった場所にあたります。以前の発掘調査成果と合わせて,集落の広がりが確認でき,中国山地の古墳時代集落の構造を知る上で貴重な事例を加えました。

  • 原畑遺跡第2次調査地点の現状
    原畑遺跡第2次調査地点の現状
  • 原畑遺跡の第2次調査地点付近の法面崩落状況
    原畑遺跡第2次調査地点付近の
    法面崩落状況
  • 原畑遺跡 SB1 (北から)
    原畑遺跡 SB1
    (北から)
  • 原畑遺跡 SB2 (北から)
    原畑遺跡 SB2
    (北から)
  • 原畑遺跡 土師器・高杯出土状況
    原畑遺跡 土師器
    ・高杯出土状況
  • 原畑遺跡 SB2 (南から)
    原畑遺跡 SB2
    (南から)

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亀居城関連(かめいじょうかんれん)遺跡 (大竹市小方)

【調査期間】平成26年7月14日~平成27年2月2日

第2次長州戦争の痕跡?見つかる!

〔調査の概要〕

 遺跡は近世初頭に福島正則によって築城された亀居城跡の南裾に位置し,調査地点は亀居城跡と海沿いを通る西国街道に挟まれた細長く狭い平坦地です。
 調査では,18世紀以降の整地層や盛土層が重層して見つかり,多いところでは5層にわたって町屋跡の遺構が確認できました。このうち,最も地表面に近い第1層で,西国街道沿いを中心に広い範囲で被熱した痕跡を確認し,大規模な火災があったことがわかりました。また,焼けた壁土や炭化物で充満した土坑から,「丙午(ひのえうま)弘化三年四月吉日」と刻まれた石の硯が出土しました。「丙午」は干支,「弘化三年」は1846年です。硯を入手した日付を記したものと推定されることから,火災の時期は1846年以降と推定されます。調査地点付近は,第2次長州戦争(1866年)の激戦地であったとされることから,火災原因は第2次長州戦争の可能性が高くなりました。調査で得られた成果と,第2次長州戦争に関する文献資料を比較検討することで,幕末史をより一層明らかにできるものと考えられます。
 さらに,これまで近世西国街道の山間から海沿いへのルート変更時期は,明確ではなく17世紀初頭の亀居城築城が契機と思われていました。今回の調査で,17世紀に溯る遺物がほとんど確認されていないことから,ルート変更の時期は18世紀以降の可能性が高くなりました。この結果は,西国街道のルート変更時期の考証にとどまらず,亀居城やその城下町,港湾施設のあり方を考える上で,重要な資料が得られたといえます。
 なお,遺跡見学会を平成26年11月15日に開催し,約100名の方に参加していただきました。また,平成26年11月12日及び平成27年1月29日の地元を対象とした遺跡見学会では合計約70名の方に参加していただきました。

  • 亀居城関連遺跡の現状(東から・フェンスの内側)
    亀居城関連遺跡 調査前の現状
    (東から・フェンスの内側)
  • 亀居城関連遺跡の現状(西から・フェンスの内側)
    亀居城関連遺跡 調査前の現状
    (西から・フェンスの内側)
  • 今年度の調査区(山際の道路より左側)(向こうの島は厳島)
    今年度の調査区
    (山際の道路より左側)
    (向こうの島は厳島)
  • 焼石や焼け土の瓦礫層
    焼石や焼け土の瓦礫層
  • 赤く焼けた焼け土層
    赤く焼けた焼け土層
  • 石垣積みの土台
    石垣積みの土台
  • B区第1遺構面北半
    B区第1遺構面北半
  • B区第3遺構面北半
    B区第3遺構面北半
  • C区第1遺構面建物跡
    C区第1遺構面建物跡
  • C区第1・2遺構面北半
    C区第1・2遺構面北半
  • 亀居城関連遺跡(焼けた地面)
    亀居城関連遺跡(焼けた地面)
  • 調査後の空中写真 B区第2遺構面全景(北東から)
    調査後の空中写真
    B区第2遺構面全景(北東から)
  • 出土した石製硯
    出土した石製硯
  • 硯裏面の「硯」の刻書
    硯裏面の「硯」の刻書
  • 硯裏面の「弘化三年」の刻書
    硯裏面の「弘化三年」の刻書

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天地(てんち)遺跡・天地(てんち)第1号古墳(福山市新市町常)

【調査期間】平成26年7月7日~10月17日

天地遺跡から平安時代の官人(役人)の石帯を発見!

〔調査の概要〕

 天地遺跡は新市町の北部・常金丸地区に位置し,調査区全体が北から南に下る斜面になっています。検出した遺構は,古墳時代後期から古代の竪穴住居跡2軒,古代や中世の溝状遺構7条や段状遺構18基,柱穴群です。出土遺物は古代から中世の土器が中心を占めていますが,注目される遺物として石帯の一部があります。これは平安時代の官人(役人) が身に着けた腰帯を飾る石製の丸鞆と呼ばれる部品であり,調査区の中央付近の溝(道の可能性があります。)のなかから円面硯などの土器とともに見つかりました。
 平安時代の官人の腰帯は、一般に石帯(せきたい)(銙帯・かたい)とよばれ,古代の律令で定められた官人の身分に応じて金属や石の部品で飾られた革帯です。
 こうした石帯の部品が見つかった天地遺跡には、古代の官人かこれとかかわりの深い人が暮らしていたことが推測されます。また,焼土や炭化材が出土している段状遺構があり,試掘調査では椀形滓も出土していることから,何らかの工房があった可能性もあります。
 天地遺跡から西に30mほど斜面を登った天地第1・2号古墳は,ともに平面形が方形で,第1号古墳が一辺10.9m,第2号古墳が一辺8.4mの規模です。埋葬施設は第1号古墳が箱式石棺,第2号古墳が土坑です。遺物が出土しておらず築造時期は明らかではありませんが,眼下の谷部に存在した集落を意識していることが立地からうかがえ,これらの集落と繋がりの深い人物が埋葬されていたと考えられます。
 調査期間中の平成26年9月27日(土)には,遺跡見学会を開催し約150名の方に参加していただきました。

  • 天地遺跡の現状(道路の右側一帯)
    天地遺跡の現状
    (道路の右側一帯)
  • 天地遺跡付近の墓地に集積された中世石塔類
    天地遺跡付近の墓地に
    集積された中世石塔類
  • 古墳の調査前のようす(南東から)
    古墳の調査前のようす
    (南東から)
  • 古墳の墳丘検出作業のようす(南東から)
    古墳の墳丘検出作業のようす
    (南東から)
  • 遺跡の表土除去作業のようす(西から)
    遺跡の表土除去作業のようす
    (西から)
  • 遺跡の表土除去作業のようす(南東から)
    遺跡の表土除去作業のようす
    (南東から)
  • 遺構発掘のようす(南東から)発掘のようす
    (南東から)
  • 石帯が出土した場所(白矢印のところ)
    石帯が出土した場所
    (白矢印のところ)
  • 出土した石帯
    出土した石帯

  • 空中写真(南西から)
    空中写真
    (南西から)
  • 作業風景(北西から)
    作業風景
    (北西から)
  • 石帯が出土した溝状遺構(北東から)
    石帯が出土した溝状遺構
    (北東から)
  • 第1号古墳の墳丘検出状況(南東から)
    第1号古墳の墳丘検出状況
    (南東から)
  • 第2号古墳の墳丘検出状況(北西から)
    第2号古墳の墳丘検出状況
    (北西から)
  • 第1号古墳の埋葬施設(西から)
    第1号古墳の埋葬施設
    (西から)
  • 遺跡見学会
    遺跡見学会
  • 遺跡見学会
    遺跡見学会

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