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発掘調査ニュース

平成25年度 発掘調査ニュース

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御領 (ごりょう) 遺跡 (第7次) (福山市神辺町上御領)

【調査期間】平成25年8月19日~平成26年1月24日

大規模な弥生集落の一角を調査!!

〔調査の概要〕

 御領遺跡は,福山市北東部の神辺町の平野部に位置する東西約1.6km,南北約1.4kmに及ぶ広大な遺跡です。第7次調査区は遺跡の東端部付近にあたり,調査の結果上下2層の遺構面があり,上層では奈良~平安時代,下層では弥生~古墳時代にかけての遺構が多数見つかりました。

 調査した遺構の内訳は,掘立柱建物跡7棟,竪穴住居跡18軒,土坑65基,溝26条などです。
 このうち,調査区の北半部で見つかった竪穴住居跡と土坑の多くは,弥生時代後期から古墳時代中期(今からおよそ2,000~1,500年前)にかけてのもので,重なるように密集して見つかりました。このうちSB4は弥生時代後期後葉の竪穴住居跡で,4本の柱穴の周囲を一段高くしたベッド状遺構と呼ばれる施設をもち,北側にはさらに一段高い位置におよそ2×1mの張出部を設けていました。
 多数の土坑のうち,SK37は多量の弥生土器を廃棄した穴で,中層からは多量の貝殻とともに鹿の角も見つかりました。時期は弥生時代終末ごろと考えられます。

 御領遺跡はこれまで多くの発掘調査が行われていますが,弥生時代から古墳時代にかけての竪穴住居跡がこれだけ集中して確認された例はなく,今回調査した地区は御領遺跡の中でも大規模な集落の一つであったと考えられます。

 遺跡見学会を11月30日(土)に開催し,60名の参加がありました。平成26年1月24日に調査は終了しました。

  • A区調査状況
    A区調査状況
  • B区SK5
    B区SK5
  • C区の調査状況
    C区の調査状況
  • 竪穴住居跡が集中する北調査区(C区)(北から)
    竪穴住居跡が集中する北調査区
    (C区)(北から)
  • 弥生時代後期の竪穴住居跡(SB4)(南から)
    弥生時代後期の竪穴住居跡
    (SB4)(南から)
  • B4出土の弥生土器(東から)
    SB4出土の弥生土器
    (東から)
  • 土器廃棄穴検出状況(手前SK37,東から)
    土器廃棄穴検出状況
    (手前SK37,東から)
  • 土器廃棄穴(SK37)土層断面(南西から)
    土器廃棄穴(SK37)土層断面
    (南西から)
  • 土器検出状況(SK59)(北から)
    土器検出状況(SK59)
    (北から)

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御領 (ごりょう) 遺跡 (第6次) (福山市神辺町上御領)

【調査期間】平成25年4月8日~7月19日

分銅形土製品や土器がザクザク!!

〔調査の概要〕

 御領遺跡は,福山市北東部の神辺平野の東西約1.6㎞,南北1.4㎞に広がる県内最大級の集落遺跡です。

国道313号改良工事に伴って,これまで5次にわたる発掘調査を行ってきましたが、本年度は遺跡の東端部に位置する上御領地区で第6次調査を実施しています。

調査開始から約2カ月がたち,少しずつ内容が判明してきました。発見した主な遺構には溝状遺構,土坑,瓦粘土採掘坑があります。

溝状遺構は調査区のほぼ中央部を東西に横断しており,長さ約20m,幅約2m,深さ0.3mで弥生時代から古墳時代頃の土器や石器が大量に出土しています。この中には分銅形土製品なども含まれています。

土坑は円形で深さが1m以上あり,弥生土器が出土しました。形状等から井戸と思われます。

瓦粘土採掘坑は調査区のほぼ全域にあり,円形のもの方形のものまた溝状のものなど形はさまざまです。これらは近現代の瓦用の粘土を採掘した跡です。

遺跡見学会を6月29日(土曜日)13:30~に行いました。7月19日に調査を終了しました。

  • 第6次調査区全景
    第6次調査区全景
  • 溝状遺構の調査風景
    溝状遺構の調査風景
  • 土坑の調査風景
    土坑の調査風景
  • 瓦粘土採掘坑
    瓦粘土採掘坑
  • 遺物出土状態
    遺物出土状態

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福原 (ふくはら) 2号遺跡 (東広島市西条町寺家)

【調査期間】平成25年4月15日~11月9日

中世~近世の埋甕・桶を発見!!

〔調査の概要〕

 遺跡は,西条盆地の北部,龍王山から南西方向に延びる丘陵先端に立地しています。
 調査の結果,掘立柱建物跡2棟・埋甕13基・埋桶7基・土坑17基・溝状遺構27条・性格不明の落ち込み9が発見され,古墳時代と中・近世を中心にした集落遺跡であることが分かりました。

 調査区は旧水田の高低差により東から上・中・下の3段に分かれていました。
 上段からは古墳時代前半頃と考えられる3間×2間以上の総柱の掘立柱建物跡(SB1)が見つかりました。
 中段は掘立柱建物跡(SB1)が立地している尾根の南側と西側を削り,削った土で整地を行っていました。遺構面は2面あり,上面からは調査区の北側で溝2条や柱穴群,東側で埋桶や埋甕が見つかっています。下面からはSK4(井戸)を囲むような柱穴や溝8条などが発見されました。
 下段は溝状遺構1条が見つかりました。

 今回の調査により,埋桶や埋甕は2列に並んだ状態であることから,一般的な集落ではなく大規模な屋敷跡で,何らかの製造に関する施設か貯水用として使用されていた可能性が考えられます。

 11月9日(土)に遺跡見学会を開催し,約60名の参加者がありました。

  • 空中写真(北西から)
    空中写真(北西から)
  • SB1作業風景(南西から)
    SB1作業風景(南西から)
  • 上面の遺構(北西から)
    上面の遺構(北西から)
  • 埋甕と桶群(北西から)
    埋甕と桶群(北西から)
  • 下面の遺構(西から)
    下面の遺構(西から)
  • 見学会風景(11月9日)
    見学会風景(11月9日)

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福原(ふくはら)3号遺跡 (東広島市西条町寺家)

【調査期間】平成25年4月15日~7月5日

中世の集落跡を調査!!

〔調査の概要〕

隣接する福原2号遺跡と福原3号遺跡は,西条盆地の北部,龍王山の南西麓に位置しています。低丘陵に立地する両遺跡の間は,かつて浅い谷筋になっていたようです。

福原3号遺跡の西半は平坦面,東半は谷に向かって緩やかな斜面となっています。西半の平坦面から,掘立柱建物跡(1間×1間)1棟,土坑9基,溝状遺構3条,性格不明の遺構2基,柱穴群などが見つかりました。

土坑は小規模のものが多く性格は不明ですが,径2.3mの土坑は底に粘土があり,水を蓄えていた可能性があります。溝状遺構は,どれも水を流したり水を蓄えたりした痕跡がなく,道や土地の区画として利用されていたのではないでしょうか。幅4.8mの比較的大きな溝状遺構も確認しています。遺構の時代は,出土遺物から一部が近世で,多くは中世と考えられます。

遺跡の東半の遺物包含層からは,縄文時代から中世にかけての土器片,弥生時代の石鏃などが出土しており,この地で長く続く人々の営みを感じることができます。また,畿内とその周辺で製作された土器である瓦器椀の破片も出土しており,畿内との関係を窺うことができます。

7月5日に調査を終了しました。

  • 福原3号遺跡・全景
    福原3号遺跡・全景
  • 福原3号遺跡・溝と柱穴調査
    福原3号遺跡・溝と柱穴調査

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葛(くず)城跡 (豊田郡大崎上島町沖浦)

【調査期間】平成25年6月24日~7月31日

〔調査の概要〕

葛城跡は,大崎上島の南岸にあり,海に突き出た尾根の先端に立地しています。城跡頂部の標高は約26mで頂部平坦面の南側及び東側に帯郭状の平坦面が廻っていました。

今回の調査区の範囲は,南北方向が約30m,東西方向が約20mの南北方向に長い三角形状をしています。検出した遺構は,土器だまりと集石のある土坑(SX1),段状の遺構(SX2),円形状の土坑(SX3)のほか,ピット群などがあります。

出土遺物は,土師質土器(皿・鍋),須恵質土器(擂鉢),備前焼(甕),亀山焼(甕),青磁,碁石,土錘などがあり,主にSX1・2から出土しました。これらの出土遺物の時期は,主に15~16世紀と考えられます。

本城跡の性格ですが,海に突き出た尾根先端に立地し,周辺海域が一望できる場所に存在することから,海城として築城されたものと考えられます。

7月27日に遺跡見学会を開催しました。約100名の参加者がありました。

  • 空から見た葛城跡
    空から見た葛城跡
  • 葛城跡から芸予諸島を望む
    葛城跡から芸予諸島を望む
  • 葛城跡SX1の調査状況
    葛城跡SX1の調査状況
  • SX1の検出状況
    SX1の検出状況
  • 葛城跡SX1の遺物出土状況
    葛城跡SX1の遺物出土状況
  • 葛城跡現地説明会
    葛城跡現地説明会

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狐川(きつねがわ)1号遺跡 (東広島市西条町寺家)

【調査期間】平成25年10月7日~平成26年1月10日

大型の円面硯を発見!!

〔調査の概要〕

 遺跡は西条盆地の北部,龍王山から南西方向に延びる丘陵先端に立地しています。調査は都市計画道路吉行飯田線街路改良工事に伴って実施しました。
 なお,今年度,調査した福原2・3号遺跡は南東約500mにあります。

 調査の結果,掘立柱建物跡7棟,竪穴住居跡1軒,土坑8基,溝状遺構9条,性格不明の遺構7基などが見つかりました。これらの時期は出土遺物(土師器・須恵器・土師質土器・陶磁器・古銭)から,古代から中世が中心であると思われます。

 掘立柱建物跡の規模は桁行1間×梁間1間2棟,2間×2間2棟,3間×2間1棟,4間×2間1棟でしたが,柱穴は総体的に小さいものでした。
 調査区の東端で見つかった性格不明の遺構(SX1・2)からは奈良時代前半期の大量の須恵器とともに,土師器(赤色土器)や直径30㎝以上と考えられる円面硯の一部も発見されました。

 本遺跡の西方約80mには,古代山陽道が推定されており,周辺に木綿駅家(ゆうのうまや)が想定されています。今回の発掘調査では駅家跡の遺構を発見することはできませんでしたが,大型の円面硯の出土などから考えて、付近に駅家跡が存在している可能性が高くなりました。

 平成26年1月10日(金)に調査を終了しました。

  • 空中写真(北から)
    空中写真(北から)
  • 作業風景(北から)
    作業風景(北から)
  • SD1完掘状況(北東から)
    SD1完掘状況(北東から)
  • SB1完掘状況(北東から)
    SB1完掘状況(北東から)
  • SK1遺物出土状況(北から)
    SK1遺物出土状況(北から)
  • SX1遺物出土状況(北西から)
    SX1遺物出土状況(北西から)

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