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発掘調査ニュース

平成24年度 発掘調査ニュース

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岡東(おかひがし) 第1号横穴墓遺跡 (庄原市高野町岡大内)

【調査期間】平成24年9月21日~9月28日 (予定)

広島県の最北で横穴墓を発見!!

〔調査の概要〕

 平成25年3月までに開通をめざして工事が進む中国横断自動車道の尾道松江線 (三次JCT以北) の工事現場で7月,道路の法面から古墳時代の横穴墓が発見されました。

 場所は,庄原市高野町岡大内の丘陵斜面で,平成20年度に岡東古墳群 (7基) を発掘調査した丘陵の南斜面に横穴墓はありました。事業団では,埋蔵文化財の保護と工事の進捗に支障のでないように,県教育委員会と庄原市教育委員会の要望を受けて,急遽9月から発掘調査に入りました。

 横穴墓は,道路の法面工事によって天井部は崩落していましたが,床面や閉塞石は残存していることが確認されたため,横穴内部の床面と南側の入口部から調査を進めています。

 横穴内部の床面から成人の人骨2体分が発見され,横穴外部の墓道部から須恵器の高杯と鉄製刀子 (ナイフ) が見つかりました。須恵器の形などから,横穴墓は古墳時代終末期の7世紀初頭~前半に造られたようです。

  • 横穴が発見された場所
    横穴が発見された場所
  • 道路の法面に口を開けた横穴
    道路の法面に口を開けた横穴
  • 横穴墓の奥壁
    横穴墓の奥壁
  • 横穴墓の羨道部と閉塞石
    横穴墓の羨道部と閉塞石
  • 墓道部から見つかった須恵器の高杯
    墓道部から見つかった
    須恵器の高杯
  • 墓道部から見つかった鉄刀子
    墓道部から見つかった
    鉄刀子
  • 横穴墓の床面と人骨
    横穴墓の床面と人骨
  • 人骨の取上げ作業
    人骨の取上げ作業
  • 人骨を取上げた後の横穴墓の床面
    人骨を取上げた後の
    横穴墓の床面

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御領(ごりょう)遺跡(第5次) (福山市神辺町御領)

【調査期間】平成24年4月9日~7月6日 (予定)

縄文・弥生~古墳時代の集落跡を調査中!!

〔調査の概要〕

 御領遺跡は,福山市北東部の神辺町上御領から下御領の東西約1.6㎞,南北1.4㎞の範囲に広がる県内最大級の縄文~弥生・古墳~中世の集落遺跡です。

 本年度 (第5次調査)は,国道313号改良工事の本線調査区と,側道の市道調査区の2か所を調査しています。

 本線調査区では竪穴住居跡2棟・溝状遺構2条のほか多くの土坑やピットを確認しました。竪穴住居跡は一辺5mの隅丸方形で,古墳時代前期と推定されます。溝状遺構からも同時代の土師器がまとまって出土しています。

 市道調査区では溝状遺構2条・土坑1基,ピット多数を確認しました。なお,ピット内には縄文時代後期~晩期の土器を入れたものが見つかっています。

  • 本線調査区の遺構配置図
    本線調査区の遺構配置図
  • 本線調査区の全景と調査風景
    本線調査区の全景と
    調査風景
  • 本線調査区の竪穴住居と調査風景
    本線調査区の竪穴住居と
    調査風景
  • 本線調査区の市道調査区の全景と調査風景
    市道調査区の全景と調査風景
  • 本線調査区の古墳時代前期の溝
    本線調査区の古墳時代前期の溝
  • 市道調査区のピット内の縄文土器
    市道調査区のピット内の
    縄文土器

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三隅山(みすみやま)遺跡 (三次市三良坂町長田)

【調査期間】平成24年4月9日~8月10日

中世のムラの共同墓地を発掘調査!!

〔調査の概要〕

 三隅山遺跡は,江の川水系長田川の西側の陵斜面に立地しています。

遺跡は斜面を削平した4段の平坦面に,古墓28基・溝 (SD) 9条,土坑 (SK) 4基,性格不明の遺構 (SX) 3基,その他柱穴を確認しました。

古墓の規模は方形あるいは方形に近い形状で一辺1.5~1.7m程度で最大2段に石材が残るものと一辺0.6m程度ものがあります。20-2号墓や21-4号墓は石組下層から人骨が出土していますが,1~9・16・22号墓は石材を除去後に下部で埋葬土坑が発見されました。

SX1は方形に近い掘り込みの中央部が島状に残されていることと,SX2 (SX2の西側斜面から湧水がでている) で溜まった湧水がSD3を通してSX1に流れ込んでいたと考えられることから,水を溜めていた施設と思われます。 

また,8・9号墓とSD1との間には柱穴群があり,建物が想定できることや遺跡の周辺に「寺迫」,「堂面」という地名が残っていることから,寺院に伴う墓地であった可能性が考えられます。

古墓群やその他の遺構の時期は,出土遺物 (土師質土器皿,亀山焼系 (甕) ,須恵質土器 (擂鉢) の形態から中世から近世頃のものと考えられます。

当地域において,中近世遺跡の調査は少なく古墓の下部構造の変化や当時の墓地のありかたなどを検討する上で貴重な調査例となりました。

遺構配置図 1~7・18号墓 (南西から)
遺構配置図 1~7・18号墓 (南西から)
  • 7号墓の石組み
    7号墓の石組み
  • 8号墓の発掘
    8号墓の発掘
  • 1~7・18号墓完掘状況 (南西から)
    1~7・18号墓完掘状況
    (南西から)
  • 19~21号墓 (北東から)
    19~21号墓 (北東から)
  • SX1作業風景 (南から)
    SX1作業風景 (南から)
  • 水溜め状遺構遺構
    水溜め状遺構
  • P1土師質土器(皿)出土状況
    P1土師質土器 (皿) 出土状況
  • 空中写真南西から
    空中写真 (南西から)

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