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発掘調査ニュース

平成19年度 発掘調査ニュース

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稲干場 (いなほしば) 第2~4・9号古墳 (庄原市口和町)

【調査期間】平成19年10月~12月

6世紀前半代の円墳群を発掘!!

〔調査の概要〕

稲干場古墳群は,大月地区に所在する標高418mの山塊から北西に延びる尾根上に位置しています。

第2号古墳は,直径約9m,高さは約0.8mの円墳で,周溝が墳丘の周囲をほぼめぐっています。埋葬施設は長さ約3m,幅1.5m,深さ約1.3mの土坑で,中から管玉が1点出土しました。また調査区の南東部から,弥生時代の住居跡を1軒確認しました。

第3号古墳は,直径約7m,高さは1.4mの円墳で,周溝が墳丘の周囲を4分の3ほどめぐります。埋葬施設は,東西方向を長軸とする2基の土坑です。規模はそれぞれ長さ約1.5m,幅0.5m,深さ約0.5m,長さ約1.5m,幅0.5m,深さ約0.2mです。

第4号古墳は,直径約12m,高さ約1.5mの円墳で,周溝が墳丘をほぼ全周します。埋葬施設は東西方向を長軸とする3基の土坑です。規模はそれぞれ長さ約1.5m,幅0.5m,深さ約0.5m,長さ約1.5m,幅0.5m,深さ約0.5m,長さ約3m,幅1.5m,深さ約0.5mです。周溝内の土坑から6世紀前半の須恵器と鉄器が出土しました。

第9号古墳は直径約10m,高さ0.7mの円墳で,周溝が墳丘を3/4周します。埋葬施設は東西方向を長軸とする長さ2.3m,幅0.5m,深さ0.5mの箱式石棺です。周溝から土師器が出土しました。

  • 稲干場第3号古墳全景
    稲干場第3号古墳全景

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下矢井南(しもやいみなみ)第3~5号古墳(三次市吉舎町)

【調査期間】平成19年10月~12月

珍しい筒型石製品を発掘!!

〔調査の概要〕

下矢井南第3~5号古墳は,馬洗川の支流矢井川の西岸に位置する丘陵の尾根上にあります。

第3号古墳は円墳で直径約9m,高さは約1.5mです。周溝が南側を半周しています。埋葬施設は破壊を受けており,確認できませんでした。周溝から鉄斧が1点出土しました。

第4号古墳は円墳で直径約18m,高さは2~3mです。埋葬施設を5基確認しました。いずれも棺の構造は割竹形木棺であった可能性が高いと思われます。墳頂部から筒形石製品が出土したほか,各埋葬施設から鉄製の刀子・剣・鎌・斧・刀のほか竪櫛が出土しました。

第5号古墳は円墳で直径約7.5~9.5m,高さは約0.5mです。封土の多くは流失したものと考えられ,埋葬施設は確認できませんでした。

立地や出土遺物から,第4号古墳が最も古く,4世紀末から5世紀初頭に築造されたものと考えられます。第3号古墳と第5号古墳は6世紀頃の可能性が考えられます。

  • 下矢井南第4号古墳 出土筒型石製品
    下矢井南第4号古墳
    出土筒型石製品
  • 下矢井南第4号古墳 調査風景
    下矢井南第4号古墳
    調査風景

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段 (だん) 遺跡 第2次(三次市四拾貫町)

【調査期間】平成19年9月~12月

後期旧石器時代前半(3万年前)の遺跡を発掘!!

〔調査の概要〕

段遺跡は,三次市街地の北東の平坦な台地上にあります。周囲の水田との比高は約10mです。

今年度は,昨年度の調査で旧石器時代の遺物やAT(※1)の存在が確認できた場所を調査しました。流紋岩やチャートの石核,水晶・石英や黒曜石の剥片,流紋岩の石器や台石・礫などが出土しました。

    

土壌分析を行った結果,遺物はATより古く,池田降下軽石層(※2)よりも新しい地層から出土することがわかりました。

    

後期旧石器時代の中でも古い時期の遺跡ですが,石器の形式や使用した石材の組み合わせから下本谷遺跡より新しいと考えられます。

    

※1 姶良(あいら)丹沢(たんざわ)火山灰のこと。約2万5000年前に鹿児島湾奥で大規模な火山噴火が起き,この爆発で噴出した火山灰です。日本列島の広い範囲で確認され,全国各地の遺跡や出土遺物に共通の時間の物差しを与えてくれます。

    

※2 約5万年前に三瓶山から噴出した火山灰が堆積した層のこと。

  • 段遺跡 (第2次) 調査風景
    段遺跡 (第2次) 調査風景

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和知白鳥 (わちしらとり) 遺跡 第2次 (三次市和知町)

【調査期間】平成19年9月~12月

段遺跡に後続する旧石器時代の遺跡を発掘!!

〔調査の概要〕

和知白鳥遺跡は,段遺跡から約500m南で,馬洗川の北側の丘陵上にあります。標高は約220m,周囲の水田との比高は25~30mです。

今年度は,昨年度の調査で旧石器時代の遺物や池田降下軽石層が確認できた場所を調査しました。黒曜石のナイフ形石器や流紋岩質系の石材と思われる台形石器,水晶・黒曜石・玉髄の剥片などが出土しました。遺構は確認できませんでしたが,石器を製作または修理していた場所と考えられます。

土壌分析を行った結果,遺物は,段遺跡と同様,ATより古く,池田降下軽石層よりも新しい地層から出土することがわかりました。

後期旧石器時代の中でも古い時期の遺跡ですが,石器の形式や使用した石材の組み合わせから段遺跡より新しいと考えられます。

  • 調査風景
    調査風景

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大平 (おおひら) 遺跡 (三次市後山町)

【調査期間】平成19年6月~10月

焼けた古代の竪穴住居を発掘!!

〔調査の概要〕

大平遺跡は,三次市街地の北側に位置し,標高約320mの平坦な丘陵尾根上にあります。周囲の水田との比高は約50mです。調査によって,古墳時代後半から古代にかけての7軒の竪穴住居跡と円墳1基を検出しました。

住居跡には屋根材や焼土が残っている焼失した家屋や,造り付けのカマドを設けたものもあります。古墳は直径約5m,斜面上方には幅約0.4mの溝が「C」字状にまわっています。埋葬施設は箱式石棺で,内法の長さ約1.7m,最大幅0.4mの中央部が膨らんだ平面形をしています。

  • 大平遺跡古墳
    大平遺跡古墳
  • 竪穴住居跡検出状況
    竪穴住居跡検出状況

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上陣(かみじん)遺跡(三次市向江田町)

【調査期間】平成19年7月~8月

丘陵上の古墳時代の遺跡を発掘!!

〔調査の概要〕

上陣遺跡は三次市街地の東側に位置しています。遺跡は丘陵の北東側斜面上に立地し,標高209~218m,周囲の水田との比高は約40mです。

調査の結果,土坑9基,ピット十数基を検出しました。土坑から土師器の甕が出土し,時期は6世紀前半頃と考えられます。

  • 調査状況
    調査状況

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曲 (まがり) 第2号古墳 (庄原市口和町)

【調査期間】平成19年7月~9月

円墳から鉄ヨロイ(短甲)が出土!!

〔調査の概要〕

曲第2号古墳は,直径約13m,高さ1.5mの円墳です。

墳頂部の埋葬施設から刀や短刀とともに短甲が出土しました。県内では11例目となります。発掘調査により出土状況が明らかであることや,短甲の大半が残っていることなど,極めて少ない例です。周溝の中から須恵器や土師器,鉄器が出土しました。古墳が築造されたのは5世紀の終わり頃と思われます。

  • 調査風景
    調査風景
  • 短甲出土状況
    短甲出土状況

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家ノ城 (えのじょう) 跡 (第5次) (尾道市木ノ庄町木梨)

【調査期間】平成19年4月~6月

尾道の中世山城を発掘!!

〔調査の概要〕

昨年度に引続き,頂上の平坦部と北西の尾根を中心に調査を行い,数基の土坑を検出しました。5次にわたる調査が終了しましたので,今後は遺構や遺物を検討し,城跡の機能や性格を検討していきます。

  • 家ノ城跡近景(北東から)
    家ノ城跡近景(北東から)

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片野中山(かたのなかやま)第9~12号古墳(三次市吉舎町)

右谷 (みぎたに) 遺跡(三次市吉舎町)

【調査期間】平成19年4月~8月

丘の上の円墳群と古代の集落を発掘!!

〔調査の概要〕

片野中山古墳群は,右谷川と片野川に挟まれた水田地帯の南側の低丘陵上にあります。

片野中山古墳群は15基からなり,今回はそのうち4基を調査しました。第9号古墳は円墳で直径約9m,高さは約0.9mです。埋葬施設は墳頂部に長方形の土坑があり,中から鉄鏃と有孔砥石が出土しました。

.第10号古墳は円墳で直径約8m,高さは0.7mです。埋葬施設は墳頂部に長方形の土坑があり,中から鉄刀子が出土しました。

第11号古墳は土取りや山道で1/2程度しか残っていませんでしたが,円墳と推定され,直径10m,高さは1.5mです。埋葬施設は既に破壊されていました。

第12号古墳は円墳で直径約10m,高さは1.8mです。墳頂部に東西方向を主軸として南北に並んで2基の埋葬施設がありました。いずれも棺の構造は木棺であった可能性が高いと思われます。

出土遺物が少ないので,古墳の築造年代については不明な点が多いのですが,5世紀末から6世紀前半に位置づけられると考えられます。

右谷遺跡は,右谷川をやや遡った,片野中山第9~12号古墳が分布する東斜面に位置しています。主な検出遺構は,古墳時代終末~奈良時代頃の竪穴住居跡1軒,掘立柱建物跡1棟,土坑4基です。竪穴住居跡は一辺約5mの方形で,新旧2時期あり,新時期に拡張していました。土坑の1基は,穴とほぼ同じ大きさの須恵器壺が直立して据えられ,口には須恵器杯身を被せ,さらにその上に板石を載せていました。この須恵器壺は検出状況から蔵骨器と考えられます。

  • 片野中山第12号古墳 墳丘検出状況(東から)
    片野中山第12号古墳
    墳丘検出状況(東から)
  • 片野中山第9号古墳 有孔砥石出土状態
    片野中山第9号古墳
    有孔砥石出土状態

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若見迫 (わかみさこ) 遺跡(三次市三良坂町)

【調査期間】平成19年4月~5月

古代の鉛のインゴットを発見!!

〔調査の概要〕

若見迫遺跡は,馬洗川と上下川が合流する付近から南に広がる水田地帯の南端に位置しています。

遺跡からは平安時代(9世紀頃)の掘立柱建物跡や土坑・溝などを確認しました。出土遺物として,須恵器や土師器の破片とともに平瓦片や鉛をインゴット状に加工した製品などがあります。溝からは杭の先や杓子状木製品・刀子状木製品など多くの木製品が出土しました。

  • 作業風景
    作業風景
  • 鉛製品出土状態
    鉛製品出土状態

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瀬戸越南 (せとごえみなみ) 古墳(三次市向江田町)

【調査期間】平成19年6月~8月

鉄生産に関わった人の古墳??

〔調査の概要〕

瀬戸越南古墳は,南流する国兼川が馬洗川に合流する手前の東側の丘陵上に位置しています。

この古墳は,調査の結果,直径12~13m,高さ約2.5mの円墳で,墳丘には葺石が施されており,一部南側は二段になっていました。埋葬施設は箱式石棺です。出土した土師器の形態から5世紀後半から6世紀頃に造られた古墳と考えられます。また,多くの鉄滓が墳丘や箱式石棺の中から出土しており,被葬者は鉄生産に関わりがあったと考えられます。

  • 墳丘の葺石検出状態(北から)
    墳丘の葺石検出状態(北から)
  • 墳丘の葺石検出状態(東から)
    墳丘の葺石検出状態(東から)

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城平山(じょうひらやま)城跡(呉市焼山西)

【調査期間】平成19年7月~8月

呉・焼山地区の中世山城を発掘!!

〔調査の概要〕

城平山城跡は,北の海田市,西の天応,南の呉へと通ずる交通の要衝である焼山に位置し,北から南に延びる丘陵の先端に立地しています。平坦面の標高は187~193mで,周囲と頂部の比高は約17mです。

調査の結果,平坦面や土坑を検出しましたが,年代を示す遺物は出土しませんでした。小規模で臨時的な施設,いわゆる砦として利用されたものと思われます。

  • 調査風景(南西から)
    調査風景(南西から)

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宮の本 (みやのもと) 第20~26号古墳(三次市向江田町)

【調査期間】平成19年4月~

直径30mの大円墳を発掘!!

〔調査の概要〕

直径30mの第24号古墳は墳頂部に竪穴式石室1基・箱式石棺2基を設けています。墳丘斜面に葺石が施され,その中間には100本程度の円筒埴輪が樹立されていました。

この古墳を取り巻くように6基の小古墳がつくられ,その多くは箱式石棺を埋葬施設としていますが,第20号古墳は南に開口する横穴式石室を構築しています。7基の古墳は4世紀末から7世紀前半にかけて築造されたと考えられます。

  • 宮の本第24号古墳 埋葬施設 (西から)
    宮の本第24号古墳
    埋葬施設 (西から)
  • 宮の本第24号古墳 葺石(東から)
    宮の本第24号古墳 葺石(東から)
  • 宮の本第24号古墳 見学会の様子
    宮の本第24号古墳 見学会の様子

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